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畑の長い話

自戒の春


殴るという言葉を以下使いますが、実感に基づいた比喩です。

素手で人を殴るみたいな仕事だ、というのが今の正直な感想で、それに慣れたくないというのが今の一番強い気持ちだ。
なぜかというと私は慣れることができる人間だから。簡単に人を殴れる人間だから。

全くの善がないように、全くの悪もない。
この仕事は、ある角度からは、必要な仕事なんだと思う。
仕事の現場で殴られて、再起不能になってしまう前に、「こういうことも起き得る」と体験してもらう。
そのときにどう対処するかも教える。この場でそれを学んだあなたならできる、と最後には背中を押しもする。

でも、人を殴っている。

目的があり、目的のための正当性があったとして、だったら人を殴っていいのか?

どうも、人によって答えが違うらしい。
そして、恐らく会社の方針(トップの考え)は、「いい」なのだ。
現場で殴られてきた人だから、現場に出す前に教えてもらえるだけ、いい、という考えだ。

私はいいとは思わない。
だって、人に何かを教えるために、その人を苦しませなければいけないなんてことを私は信じないからだ。
「だって実社会がそうだから」なんて、教育する側の敗北だと思うからだ。

詳しくは書かないけど、私は「目的のために良いことだと信じて誰かを苦しませる」というのを、もう取返しがつかないレベルでやってしまっている。
謝っても、みんな私を許さないだろう。というか許されるために謝れない。私は楽になりたくないし、なれない。
「これからはもうしない」と言うことしかできない。

でも私は楽なほうに流れる人間だから、「仕事だから」という新しい言い訳をつけて、
人を殴る側にいつだって回れてしまう気がする。


会社の制度とか、環境とか、いろいろな角度で懸念があるんだけども、
もう理由をつけて人を殴る側に回ることはできないので、
次に進むためのお金を貯め次第、次に進みます。
という決意表明。

機内モードで使える地図アプリ「maps.me」が無ければヴェネツィアの路地で白骨になってた

前回に引き続きライトノベル風タイトルでお送りしてますがこれはライトノベル風になっているのだろうか。教えて識者の方。こんにちは畑です。

 

ヴェネツィア旅行に際して、「迷う」「迷う」「絶対に迷う」「迷うことを楽しめ」みたいな前情報ばかり入ってきてたけど私に迷っていることを楽しむ時間はない!!なぜなら見たいものがいっぱいあるから!!!!と思い、何かいいアプリはないもんかと探してmaps.meを使ってみたらめーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっちゃくちゃ便利だったから...便利すぎて逆にもしかして全人類知ってるかもしれない...知らなかったの私だけかもしれない....

 

MY COM「MAPS.ME オフライン地図とナビゲーション」
https://itunes.apple.com/jp/app/maps-me-オフライン地図とナビゲーション/id510623322?mt=8

 

オフラインでも、グーグルマップなみに詳しい地図が使える。のは事前に電波の入る環境で、行きたいエリアの地図を丸ごとダウンロードできるから。私はヴェネツィア市を丸ごとダウンロードしましたが、2MBくらいでしたね。

 

それで、オフラインの機内モードでも、そこそこ正確な位置情報を示してくれるんですよ...どういうことなの...私しくみわかってないけど、めっっちゃ便利でした。誤差10mくらいかな。

 

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使用画面。

見やすい立体表示。

使い方はグーグルマップと大体同じ、逆にいうとグーグルマップでできることはオフラインのmaps.meでも大体できます。徒歩、自転車、自動車それぞれでのルート検索、ロケーションの保存。あとオフラインだからか、グーグルマップ使用時よりバッテリーがすごく保つ。

 

とりあえず旅先で使ってみてほしい!めっちゃ便利だから!!!

 

あと楽しかったのは、使用者が店舗やスポットを簡単に追加できる機能です。公開するにはログイン必要だけど、自分の端末の中だけでも可能。

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地図に載ってなかったけど、ピスタチオのジェラートがおいしいお店を追加しといたぜ。

ほんとこのアプリなかったら100回は迷子になってたと思うけどおかげさまで5回くらいですみました...圧倒的感謝。

 

そして、旅後半では迷子をたくさん楽しみました。迷子というか現在地と目的地を結ぶ最短ルート以外にたくさんそれてみました。どこを歩いても絵になる町でござった。ヴェネツィア、心に余裕をもった迷子がたのしい町です

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20180321

スられないリュックBOBBYが海外旅行手荷物として完璧だったよ

タイトルが色気のないラノベみたいになりました。こんにちは畑です。

先日、イタリアはヴェネツィアにぺっぺけと旅に行ってきましたのですが、持ち歩き用のかばん兼機内持ち込み手荷物用にリュックを新調しましたの。前から気になってたかばんがあって...ただ1.5万円くらいと、安くはないので、ちょっと思い切りました。ら、すげーーーーよかったしこれが1.5万は安い!!と思う!!!

↓公式サイトからの画像。背負った感じこんなんです。

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機能とかリッターとか詳細は公式ページで詳しく出てます。

http://www.vers-trading.com

 

隠しファスナー、防刃仕様で、スリ対策が万全だよというやつ。

でも、他にもいっぱい良いところがあったので、実際に使ってみてのよかったところを書いていきますね。

 

軽い

大事。リュック本体は800gくらいです。あと、ベルトとか形が背中にぴったり添うようになってて、肩が疲れない。登山用のリュックに感覚が近いです。

 

脇ファスナー

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「外からファスナーを簡単に開けられない」ということは当然、リュックからの物の出し入れがすこし手間になるんですが、いちばん助かったのはリュックの側面(こちらも背負った時には完全に体にファスナーが沿って隠れます)にポケットがついていること。ここに小銭入れとか地図とか、すぐに出し入れしたいものをしまっておけるのスンゴイ便利だった。

あと写真に写ってるけど、お尻側にも大きめのポッケがあるので、折り畳み傘とか入れてたよ。そして、黒いでっぱりはUSBポートです(活用できなかったけど多分ひとによっては超便利

 

ガバーーーっと開けられる

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ガバーーーっとな!!ファスナーを全開にして中のマジックテープを剥がすと、90度というか180度というか、全開にできて、これパッキングのときとか、宿帰ってきて中のものサッサと整理したいときとか、メチャ良かった。底のものも探しやすいし。

 

あと、撥水加工なので雨とか結構平気だし、汚れも落ちやすくてよかったです。

 

実際に背負って海外に行ってみましたが、人混みを歩いていて背後が安心というのは、予想以上によかったです。(もちろんそれでも警戒はするけど)

またいろんな国にしょっていきたいなーと思う!私が買った普通のBOBBYはグレーと黒ぐらいしかカラバリがないのですが、もう少しスリムになった(しかし店頭で比べてみたら内容量はほとんど変わりませんでした。1〜2リッター減るくらいかな)BOBBYコンパクトは色展開が結構あり、ディープブルーとか素敵でしたね。

 

というわけで、旅行用手荷物にBOBBYがおすすめだよという記事でした!あまぞんとかロフトで売ってるっぽい!私は有楽町の旅行用品店でみっけたよ!

 

20180321

 

 

ざんげ

先日の記事を読んでくださった方々、ありがとうございます。今のところ、嫌なリプライとかもらっていなくて、心底ほっとしています。それで、このブログ、感想とかレビュー用に作ったんだけどもっと日頃考えていることを書いてもいいのかなという気がしたので。

 


昨日電車に乗っていて、川ときれいな人が見えていた。
私は彼女の、お昼の光にピカピカ光る肌と、ひとえの切れ長のまぶたの形、「きれい」以外ないというくらい澄んだ黒い瞳まで「きれいな人だなーーーーー」と見てから、目を思い切り逆方向に向けた。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 

『日本の電車』のなかで、見知らぬ人から「きれいだな」「きれいじゃないな」「大人しそうだな」「大人しくなさそうだな」そんな風に見定められることを、私はいちばん怖くて嫌なのに、自分は普通にやってた。それが、もう一般的にどうとか態度に出したかとか関係なく、内心の問題で、つまりほぼ信仰の問題で、本当にその場にうずくまって泣いて謝りたかった。

その人、その子は制服着てた。

 

私が言えたもんではない、本当に私が言えたもんではないのだけど、ほんとに、心底、願っている。どうかあの子が誰にも誰にも誰にも、加害されませんように。この未だに怖い場所で、おそらくしばらくは怖いままの場所で、誰にもひどいことをされませんように。

 

ミモザに寄せて

ミモザの日に寄せて、ずっと書いておかなければと思って投稿できずにいたものを書くことにした。セクシュアル・ハラスメントの描写を含みますので、ご注意いただければと思います。

いつも以上にまとまりもないです。すみません。

 

 

 

 

 

 

一昨年の話だ。
信頼していた大人に触られた。
職場で。
職員として振るまえ、と言われた場所で、私は男性職員と同じように扱われなかった。
もし私が男だったら、あんな触られ方をしなくてすんだのだろうか。
もし私が男だったら、その職場で過ごす最終日、学んだことについて述べたスピーチに対して、「彼氏いるのか?」なんて聞かれずにすんだのだろうか。
もし私が男だったら、その後の打ち上げで延々と酌をさせられ、前後不覚になるまで酔った上司に数センチまで顔を近づけて言葉になっていない何かをわめきちらされずにすんだのか?
その職場は、教育を担う場所だった。公的な。私はそこで働くことを目指して、大学でずっと学んできたのだ。その最終段階で、そういう場所に送りこまれたことを、不幸に思えばいいのか、幸運に思えばいいのか、今でもわからない。何の整理もついていない。まだ「こんなことが起こるはずない、こんな場所なわけがない」と自分のどこかが言い続けている。
そこで働いたら死んでしまうと思った。

 

そこで働くために学んできたのに。

 

 

死んでしまわない場所をなんとか探して、そこで春から働けることになった。
そして、私がいたら死んでしまうと思った場所には、来年の春、またたくさんの子どもたちが入ってくる。私に触った人たちから、私を職員として、人間として扱わなかった人たちから、人権について学ぶ。

 

私は逃げたのだという気持ちがずっとある。

 

定められた女子の衣装を着たくないと、紙に書いて訴えてきた学生がいた。その人たちは鼻で笑っていた。「最近はこういうわがままがまかり通るようになってきたからね」その声の冷たさを忘れることができない。私は何も言えなかった。今も、何も言っていないのと同義の選択肢を選んでいる。どうしたらよかったのかはわかるようでも、今どうしたらいいのかわからない。あの場所に戻ったら死んでしまう。
でもそれはあの地獄みたいな場所で学ぶ子どもたちを見捨て、見捨て続けるのと同じことじゃないのか?

 

誰か教えてほしいという気持ちがある。

でも私を触ったのは、私を教えた先生だった。子どもだったときの私を教えた先生だった。
今もわたしはどうしたらいいのかわからないままだ。

 

ひとつ言えるのは、死んでしまうと感じた私は間違っていないということだ。
私は「考えすぎ」じゃない。私は「反応しすぎ」じゃない。私は「いちいち大げさ」じゃない。私にされたことが間違いで、私の苦痛は間違いじゃない。
私はハラスメントを経験した。
ハラスメント、多分この国の社会のあらゆる場所に存在してしまっているありふれたこと、それについて私が「私は間違ってない」と言うことにさえ、私は丸一年と半年近くかかってしまった。今私の指は冷たい。汗が噴き出て、耳鳴りがする。思い出したくないからだ。

 

魂を殺された人がいる。尊厳を殺された人が。
その人は間違っていない。絶対に。

尊厳を殺し、殺したことを矮小化し、「合意の上での殺人だった」とまで言うほうが、間違いだ。

その間違いを認めてはならない。よくあることにしてはならない。絶対に。

 

私に関して言えば、自分のことについて考えたくない。忘れてしまいたい。でも私を触った奴らは忘れているから、私まで忘れるわけにはいかない。

だけど一体私がこの先どういう選択をすればいいのか、答えが出る日が来るとも思えない。私の傷は相変わらず生傷で、出た血がひたすら溜まる。

 

私は、私まで、私を触って貶めた人たちと同じような場所には立ってやらない。大きな主語で大きな属性を踏みにじって、楽しく酒を飲んだりしない。自分の痛みに任せて、(私がそうされたように)たくさんの人をひとまとめにした属性を憎んだりしないよう、自分の傷に抗うのだけが今日のところの私の努力。今日のところの私の復讐だ。
 

大雑把な希望を並べて終わりにする。

明日はもっとこのクソな世の中がよくなりますように。誰も生傷を抱えて暮らさなくてよくなりますように。私を触った人が二度と誰のことも触りませんように。私が「お前は逃げたんだ」って私に言われなくてもよくなりますように。明日は誰もが尊重し合えるようになりますように。明日こそは。

 

トールキン先生への感謝状

こんにちは、畑です。

 初めに、トールキンアドベントという素敵な企画に参加させていただくことに感謝しています。トールキン先生の著作について、日々掘り下げ続けていらっしゃる皆さまに比べれば、とても浅いお付き合いではありますが、私も人並みにトールキン先生の著作に惹かれ、大きい言葉を使えば救われたりしたように感じているファンのひとりです。真新しい内容ではなく、ささやかな日記のようなものですが、こんな風にトールキン先生の著作と関わってきたなあと振り返ってみたく思います。

 

  初めてトールキンの作品を読んだのは、小学校高学年くらいのことだったかと思う。活字中毒の気があった私にとって、当時「おすすめ」される本は少しやさしすぎるものも多くて――というより、単純に、字数が少なくて、どんなに面白くてもすぐに読み終わってしまうのが不満だった。図書館まで出かけていっては、比較的分厚いハードカバーの外国児童文学を借りていた私へのクリスマスプレゼントに、母が箱入りの評論社文庫シリーズ「指輪物語」を買ってくれた。私がトールキン先生からもらった最初の幸福はとてもシンプルなもので、それは読んでも読んでも読み終わらない読書体験というものだった。あのときの嬉しさは、ちょっと筆舌に尽くしがたい。私は寝っ転がってふとんの上で本を読むのが大好きな子どもで、図書館から帰ってきた日はまず枕の左側に本を積んだ。うつぶせで読みながら、読んだ端から右側に積んでいくのがならいだった。読んでも読んでも次があること、指輪物語の長さを、まずもって私は大好きになったのだ。


  幸運にして、その当時というのはピータージャクソン版の映画『ロードオブザリング』が映画館でかかっていたころだった。『王の帰還』は衝撃的だった。年齢的に映画館というのは「家族に連れて行ってもらう場所」だったのに、初めて、どうしてもどうしても2回目が観たくて、自分から2回目を観に行った映画になった。そのときに劇場で買ったペーパーナイフを今でも使っている。今にして思えば当時から金の使い方がオタクのそれだ。

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 はじめてできた映画友達とも、トールキン先生が結び付けてくれたのだった。高校生のときだった。私とその友人は、映画版『ロード・オブ・ザ・リング』への偏愛をふとしたことで打ち明けあってから、とても仲良くなった。ふたりして、泥の中から熊手的な何かでかきだされるウルク・ハイの真似をして笑い転げているところを教頭先生に見つかって思い切り不審な顔をされたりしていた。そして、高校生の時に『ホビット』が公開されて、私たちは高校のいちばん近い映画館で初日に駆け込んだ。緊張と期待で冷たく汗ばんだ手を無意味につないで、予告編を観て、そしてマッチの炎がスクリーンに浮かび上がったときの高揚を忘れることができない。やわらかいクラリネットの音と、「親愛なるフロド」の声。私も友人も、歯を食いしばって泣いていたのを覚えている。

 大学に進学して、がちがちの英語コンプレックスを救ってくれたのもトールキン先生だった。周囲に英語を母語レベルで扱える人が多くて、授業の進め方にも慣れなくて、正直1年生の春はかなり緊張していたし、委縮していた。そんなとき、夏休みの課題として、ブックリストから一冊洋書を選んで読み、レビューを書いてくるというサマーリーディングが課された。軒並み分厚くて、敷居の高そうに思えた本のリストの中で、ホビットを見つけたときの不思議な安堵が忘れがたい。挑みかかって、額にはちまきで戦わなくてはいけない壁だと思っていた英語が、その昔からよく知っている大好きな顔をみせてくれたような気持ちだった。
 これはつい先日のことだけれど、イギリスに旅行に行った前述の友人からおみやげをもらった。紙包みをあけてみたら、なんと『HOBBIT』の洋書が入っていた。向こうの書店で買い求めてくれたという。「もう持ってるかなって思ったんだけど」と彼女は笑っていた。私が書きこみでボロボロにした『HOBBIT』は、Del Rey Booksのペーパーバックだ。彼女が贈ってくれた本は、Harper Collins Publishersの、軽いけれど美しい装丁のものだった。カバーはトールキン先生が初版につけたイラストを刷ってあり、表紙裏にはお馴染みの地図が二色刷りであらわれている。あらためて読んでみて、その英語の文章の、易しく美しいのに、何回目かわからない感動をした。

 

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 だらだらと、私とトールキン先生のお付き合いについて書き並べてきたけれども、書くために整理していて自分のことながらあらゆる節目で、というかどんな時期にもトールキン先生の作品と関わっていて驚いた。きっと、私にとってトールキン先生の著作というのは、暮らしの左側に積まれた本なのだ。触れるたび、新しい角度から光を見せてくれる。いまは、幼いころにはわからなかった、中つ国で終わりゆく人たちの悲哀が、少しずつ見えるようになった気がする。怒りに任せて人を断罪したくなったとき、「死んだっていいとな!たぶんそうかもしれぬ。生きているものの多数は、死んだっていいやつじゃ。そして死ぬる者の中には、生きていてほしい者がおる。あんたは死者に命を与えられるか?」というガンダルフの台詞を思い出す。そして、きっと、私が年を重ねれば、また違う読み方に出会うことができるんだろうと思う。きっと、いつまでも、読み終えてしまうことはない。それは私にとって、とてつもなく幸福なことに思える。/

 

参加させていただいた企画:

Tolkien writing day

http://bagend.me/writing-day/

ありがとうございました!

 

 

地獄は私の好きを奪えない

 ついったーが、 #名刺代わりの映画10選 というすてきなタグでにぎやかだ。
 わたしは主に洋画が好きな方々で構成されたタイムラインで生活している。生活のリズムまでなんとなく共有されているような方々があげられる、「名刺代わりの10選」が実にさまざまで、個性に富んでいて、みているだけで心が温かくなって、ついでに涙もろくなったので、こうやって卒論をぶん投げてブログを書いている。多分情緒がやばい。情緒がやばいやつの書いている文章だということを頭にいれた上でこの先を読んでいただけたらとてもありがたい。

 なにせ毎日辛すぎるのだ。

「いちいち考えすぎ」なのではないかと思うたび、忘れずに「今までいちいち考えなさすぎ」だったのだということを自分に言い聞かせながら受け止めなければならないほど、そうしなければ今すぐにも全部のニュースをみるのをやめて、考えるのまでやめてしまいたくなるほど、ここは、私が生まれて暮らしている場所は、苦しみでいっぱいだ。人を殺す無邪気さでいっぱいだ。すべての人に生まれながらにある尊厳を踏みにじる行為でいっぱいだ。声をあげない人は踏まれたままで、声をあげる人はもっと強く踏まれる。具体的にどんな地獄なのか、ひとつずつここに書きたくはない。ここは地獄だ。わたしにとってはそうだ。

 

 でも地獄はわたしの「好き」を奪えない。


 タグの趣旨は好きな映画というより、自分はこういう人ですよ、という象徴的な映画を選んでみましょうというところにあると思うのですが、私は自分はこういうものが好きな人ですよ、という感じで選んでみた。タグを使って、自分の10本をなかなか時間をかけて選んだり、その10本を通して「ああ、わたしこういうのが好きなんだなあ」と思ったりしながら考えた。地獄には私の好きを奪うことはできない。絶対に。そもそも、私の好きが私にここが地獄であることを教え、地獄からの逃げ場になり、地獄のリフォーム方法まで教えてくれていると感じることさえある。だけどそれ以前に、その映画を好きだと思うこと、映画についてどうかしてると思うほど真剣に考えたり心乱されたりすること、ただなんとなく再生してしまう時間、同じ映画が好きだという人と、ただ暮らしているだけではなかなか超えられないいろいろな制約を超えて好きの気持ちを共有し合うこと。そういうものを、私の地獄は、奪うことができない。

 タグの先に、私と同じように映画を好きな人がいて、みんないろんな人生の中でいろんな出会い方をした映画たちについて頭を悩ませながら、10本を選ばれたのだろうなと思った。みんな別々の人生を生きて、もしかしたら一生直接お会いすることもないまま、あるいは幸運にすれ違うことができたりしながら、みんな別々に死んでいく。そういう人たちが、同じように10本を選んで頭を悩ませている。自分の好きな映画について話をしたい気持ちをいっぱいに抱えて、たまたまこのタグを使っている。それ、すごいことじゃないでしょうか。私は唐突に、めちゃくちゃにすごいことだなと思ったんですが。情緒がやばい。